会社を辞めた航海士がウェブデザイナーとして働き始めるまで

こんにちは。はじめまして。tasukuです。

社内ではデザイン、フロントコーディング、簡単な雑務(広告とか)を担当しています。最近では初歩的なRuby on Railsを扱ったりしています。

そんな僕ですが、去年の12月までは外航船の航海士として貨物船に乗船して海外を回っていました。

今回は、元航海士だった僕が会社を辞めてwebデザイナーとして働き始めた経緯をお話したいと思います。

僕はこのweb業界に入ってまだ半年ほどの新米ですが、webデザインやプログラミングを勉強したいと思っている方が、一歩を踏み出すきっかけとなればと思っています。

航海士見習いとして社会人生活をスタート

僕は外交船の航海士見習いとして社会人1年目をスタートしました。とは言っても、船とは全く関係のない社会学を大学では専攻していました。

日本の某海運会社には、一般大学出身者を未来の航海士・機関士として育てる採用枠が存在します。その枠に運良く採用してもらい、僕の航海士見習いとしての生活がスタートしました。

航海士時代

港から次の港へと安全に船を運航させるのが航海士の役割です。航海当直に入り、周囲に危険な船舶がいないか、漂流物などはないか、コースからのズレはないか、航行できる深さかなど、航海士は船舶を安全運航に努めます。

最初に言っておきますが、外航船の航海士だったと言っても最初の内はあくまで見習い。僕は航海士見習い時代に4隻の船に乗船しました。自動車船、コンテナ船、実習中には海王丸と呼ばれる帆船にも乗船しました。それぞれの船に約2~3ヶ月間ずつ乗船し、その後2~4週間の休暇がある、そんな生活を送りました。

コンテナ船で中東に行ったり、オーストラリアのグレートバリアリーフを通ったり、南極からのうねりで酔ったり。普通ではできない経験をしたことが今になって話のネタになっています。

中でも、練習船海王丸は一番記憶に残っており、この船ではマストによじ登ったり、ロープを引っ張って帆を広げたり、星の観測を行ったりと、なかなか面白い経験をしました。

転職に至ったわけ

さて、案外船を楽しんでいた僕でしたが、1年半ほどで会社を去ります。

僕が転職を決めた理由を端的に言うと

  • 縦社会でペコペコするのは自分に合ってなかった
  • 単純に船の生活を続けるのは辛い
  • 家族をおいて船に乗る生活は将来的にやっぱ無理
  • 組織にとらわれない生き方をしていきたかった

まあ今だから言えますが、上記から分かる通り、
船、自分には合ってないからとりあえず辞めたかった。

仕事を辞めるのにそんな立派な理由なんて必要ないと思ってます。
毎日何かを我慢しながら、理不尽に耐えながら、嫌だと思いまながら仕事をするくらいなら、さっさと辞めてしまうのが自分のためだと僕は思っています。とりあえず3年とか、誰が決めたのか分からない謎ルールに縛られて過ごすことほど無駄なことはないでしょう。1年目でつまらないと思ったら、2・3年目で超絶楽しいと感じることなんてあるんでしょうか。たぶんないと思います。

とりあえず佐渡ヶ島から東京に上京

2016年12月で仕事を辞めた僕は、その後1ヶ月間を佐渡ヶ島の実家で過ごしました。嫌な仕事から開放された開放感というのは計り知れないものがありました。次に何をしようか、旅にでも出ようか、そんなことを考えながらのんびりした久々の島ライフを堪能していました。

ただいい歳した大人が仕事を辞めて実家に身を置くのは、あまりに肩身が狭いものです。乗船中に貯めたお金でとりあえず家を出よう、そう決めた僕はひとまず上京。東京で仕事をしていた地元の友だちのアパートで居候を始めました。

人生の迷子状態で通ったプログラミングスクール

突如上京を決めた僕でしたが、東京に行ってから何をするかなど、特に明確な計画などありませんでした。まあお金に困ったらバイトでもすればいいやという、今思えばなぜそんなに肝が座っていたのかと不思議に思えるくらいの根拠のない自信に取り憑かれていました。

ただ、佐渡ヶ島での1ヶ月を何もせずに過ごしていた訳ではありませんでした。元々、ウェブデザインという言葉だけは知っていて、小さい頃から「作る」ということが好きだった私はひそかに本を買ってHTML・CSSを使ったコーディングの勉強をしていました。

なので、どうせなら本格的に勉強してみよう、ということでひとまずプログラミングスクールで勉強してみようという結論に至り、渋谷のプログラミングスクールWebCampの門を叩きます。

今思えば、この時WebCampに通ったことが、後にこのウェブ業界に入る最初のきっかけとなりました。

ウェブデザイナーになるためにした勉強

WebCampでは、オリジナルカリキュラムというスタイルを採用しており(2017年1月当初)、通学中に知識のインプットと、制作物へのアウトプットを自分のペースで行えるというものでした。WALSと呼ばれるオリジナル学習ツールが用意されており、学習で分からない事があれば教室に常駐しているメンターに何でも質問することができました。

WebCampのメンターの方々とも仲良くさせていただき、メンターの方と話をするのが楽しくてwebcampに通っていた部分も少なからずあります。WebCampを卒業した現在も当時のメンターの方々とは仲良くさせてもらってます。教室では受講生のみなさんがもくもくとそれぞれの勉強や作業に取り掛かっているので、質問しづらいと感じることもあるかもしれませんが、些細な質問にもメンターの方々が非常に丁寧に教えてくれます

僕は3ヶ月間通学し、最初の1ヶ月目はHTML・CSS・Javascriptの基礎などのインプットとウェブサイト制作でのアウトプット、続く2・3ヶ月目はRubyのフレームワークであるRuby on Railsを勉強する期間に充てました。

1ヶ月目のウェブサイト制作では、僕の出身地である佐渡ヶ島の紹介サイトを制作しました。今思えば設計もデザインも改善の余地ありありのへっぽこサイトですが、ピクセル単位でこだわって作った、島への愛が溢れるサイトになっています。

僕は学習中、WebCampの教材であるWALSを使う一方で、オンライン学習サービスであるProgateも利用していました。無料でもある程度の学習は可能ですが、¥980/月払って有料会員になることで、より様々な種類の言語を勉強することができるのでおすすめです。僕はHTML・CSS・JS・RailsをProgateを使って勉強しましたが、コンテンツを進めることで一つのサイトやサービスが完成する仕組みになっているので、より実戦に近い形で学習を進めることが可能です。

ウェブデザイナーとして働くに至った経緯

さて、そんなこんなで上京してすぐにwebcampに通い始めた僕ですが、この通学期間中に一人の人物との出会いがありました。

それがフリーランスフルスタックエンジニアの西尾学氏との出会いでした(本人はエンジニアと呼ばれることを毛嫌いしているが敢えてそう呼ぶ)。つまりまあ弊社の代表なわけなのですが。

幸運にもそんな出会いがあり、卒業後にはインドにでも行こうとか思っていた僕はプランを変更。西尾氏の元で受託開発や保守などの業務にあたる傍ら、WebCampでメンターとして働かせて頂くことになったわけです。

ウェブデザイナーとして感じていること

船乗りを辞めてからはや10ヶ月。船に乗っていた時には想像もしていなかった生活を今送っています。たった3ヶ月でしたが、サイト制作を集中して勉強したことで、このウェブ業界でまた新たな道が拓けたと思っています。そしてそれらを実務でアウトプットすることが能力向上のために非常に有効だったと感じています。

正直、ウェブサイトを作る事自体はそれほど難しいことではないと思っています。少しセンスのある人なら、1ヶ月でかっこいいウェブサイトを作ることができるでしょう。

しかし、実務案件では、見た目だけではなく集客などマーケティング目線で開発にあたることが求められます。いくらかっこいいサイトが出来たとしても、集客機能を十分に発揮できないサイトは本末転倒であり、制作者の自己満足にすぎないと感じています。

かっこよさと集客機能、両方を兼ね備えたウェブデザインを実現することが簡単では無いということを痛感している昨今です。

 

というわけで、よりよいサイトを作り上げる、そのためにはもっと貪欲さをもって仕事に当たっていく必要が有ることを再認識している、駆け出し新米ウェブデザイナーtasukuがお送りました!

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tasuku
高校卒業までを佐渡ヶ島で過ごす。大学卒業後、外航船員を志すものの早々に挫折。上京し露頭に迷いながら通ったプログラミングスクールでウェブ制作と出会う。最近の興味は釣りとキャンプ。好きな食べ物は寿司とチョコクロワッサン。
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